森林再生 都市から山へ<2> 中流から・上 

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中日新聞

 田んぼに近づこうとあぜ道を進むと、水辺の茂みからカモが飛び立った。宮代町山崎に広がる平地。振り向くと、地元の人たちが「山崎山」と呼ぶ雑木林が見えた。

 自然保護団体「宮代 水と緑のネットワーク」はここで里山の保全活動に取り組んでいる。県が緑のトラスト保全第五号地に指定している山崎山(約一・三ヘクタール)の下草を刈り、貴重な草花が盗まれないよう見回り、道一本隔てた田んぼで有機農業を行っている。一部の会員は山崎山で毎月子ども向けの自然観察会を開き、雑木林の大切さを教えている。

 「山崎山には子どものころ、カブトムシやクワガタを捕りによく入ってました。この辺りでは唯一まとまった雑木林です」。宮代町で生まれ育ったネットワークの代表浅倉孝郎さん(33)は二十六歳の時、町内を自転車で散策していて衝撃的な光景を目にした。

 山崎山と同じようによく遊んだ川が、知らないうちに護岸で覆われてしまった。大きなコイやタナゴを釣り、ホタルがわくように飛んだ川辺…。どこまで護岸化されてしまったのかを確かめようと川に沿って進むと、子どものころの思い出が次々によみがえってきた。

 「心の原風景が壊され、何かしなければと思った」。浅倉さんがネットワーク設立の「言い出しっぺ」になったきっかけだった。

 ネットワークの会員は二十代から七十代と幅広い。年配者が多い自然保護団体の中、若い会員がいることが特徴という。

 ホームページを担当する島村直哉さん(26)も宮代町で生まれ、山崎山周辺で遊んだ。今は東京都内まで通勤し、深夜に帰宅する日々だが「休みの日や夜中、昔を思い出しながら山崎山の辺りを歩くと疲れがとれる」と話す。

 会報のレイアウトを任される高野幹子さん(36)。子ども時代を送った東京都調布市には所々に雑木林が残っていた。だが、「雑木林はどんどんなくなり、家になっていった。泥んこ遊びができた道路はアスファルトで舗装され、どこもかしこも車がビュンビュン入ってくるようになった」と振り返る。

 夫(37)の転勤で東京都杉並区から宮代町に越してきて、生まれた長男(3つ)と自然を楽しみたいとネットワークに入った。「私は山崎山を見るとほっとするし、茨城県出身の夫は周辺の開けた所を見ると『ほっとする』と言ってます」

 中学二年の長男と小学五年の二男を持つ主婦宮崎良子さん(47)は「環境問題は未来につなげていくもの。バトンタッチしていかなければならないですから」と若い仲間の存在を評価する。

 「若い人が増えないと、活動が広がらない」と言う浅倉さんは今年、町内にある日本工業大学の学生と一緒に稲刈りをしたいと考えている。

  (稲垣 太郎)

投稿者: @sushi | 投稿日時: 2004年01月05日 21:50 | 他サイトからのリンク
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