森林再生 都市から山へ<1> 下流から

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中日新聞

 地球温暖化が深刻さを増す中で、水や空気をはぐくみ、保水機能など防災効果も期待される森林を再生しようという動きが、活発化してきた。再生策の中で、輸入材の増加で荒廃した水源地の人工林管理を目指す「緑の雇用創出」は、先の衆院選で主要政党のマニフェスト(政権公約)にも取り上げられるなど、政治課題としても浮上している。県内でも都市部住民の里山保全運動は広がりを見せ、「森林ボランティア」という言葉も定着してきた。県林務課は「森づくり課」に変わり、行政面でも森林の再生は「掛け声」から実施段階へと入りつつある。秩父から県北、県央、県南に流れる荒川を中心に、上流から下流までの取り組みを現場からルポする。

  (堀場 達)

■荒川流域“木遣いネット”

 師走半ばの週末、多摩川最上流部の山梨県小菅村で「第一回全国源流フォーラム」が二日間にわたって開かれた。市民団体、国土交通省、環境省、町村役場、大学…。さまざまな立場から河川の環境保全に取り組む人々が、源流域の実情を学び、交流を深める場だ。

 多摩川と直接の縁は薄いものの、埼玉からの参加者も少なくない。講師五人のうちの一人は東松山市に事務局を置く「荒川流域ネットワーク」の恵小百合代表(53)=江戸川大教授=だった。

 六十七団体で構成する荒川流域ネットワークは一九九五年に誕生。「毎年、だれでも参加でき、理解できる目標を立てている」という。

 「子どもたちが水辺を楽しみながら育ち、広い視野で国土保全を考えるようになってほしい」との願いから、荒川をカヌーでさかのぼったり、山間部への植林、東京湾の干潟の生物調査などを活動の中心とする。一方「源流部を流域全体で支えるシステムを考えたい」との提言を続けてきた。活動四年目からは“木遣い運動”を提唱している。木遣いの意味は「中下流の大消費地が上流部の木製品を買い支えること」。水源地の森林は、浄水や酸素をはぐくむと同時に、洪水調節機能も担う。国産材の需要が伸びれば、森林の手入れが復活し、休眠状態の製材工場への設備投資も進むとみる。「量産メリットで価格が下がれば、需要増につながる。例えば小中学校に木の机やイスを導入してもらうなど、需要があることを担保する。それを行政などに働きかけていく」

 恵さんは「国の林野政策の失敗を批判するだけでなく、住民や行政、企業、省庁の溝を埋めていく市民運動が必要」という。それが森林再生につながると考えるからだ。

■我ら緑のサポーター

 「チェーンソーを使うときは、笛吹きと声掛けをしてください。倒木でけがをしないように!」。二〇〇四年の年明けが間近に迫った日曜日、鶴ケ島市の平地林に若い声が響いた。間伐などの手入れのために集まったボランティアに呼び掛けていたのは尾沢彰さん(25)だ。

 現在、会員約八百人の埼玉森林サポータークラブで広報や世話役を務める。「アルバイトの合間を縫っての活動です」と笑う。

 長野県の高校を卒業後、立正大学文学部へ進学、東京・虎ノ門の日本自然保護協会に通ううち、環境問題への関心が深まり、大学院で森林生態学を専攻した。大学院時代に同クラブを知って入会。卒業後も「当面、就職する予定はない。家庭を持ったら事情は変わるでしょうが、今は活動に打ち込みたい」と話す。

 もう一人、二十代のクラブ員が参加していた。東京農業大学三年生の百瀬哲理さん(22)。のこぎりやチェーンソーの扱いには定評がある。「自然環境は歴史を決定してきた大きな要素と考え、森林総合科学科へ入った」と百瀬さん。「森林保全の必要性は分かっても、間伐などの大変さを理解している人は、自分の周囲にも少ない」と、現場体験ができる同クラブに入った。卒業後は森林組合就職を希望している。「自分として何ができるか、と考えたら、そうなった」という。

 会長の横路美喜緒さん(53)は「木を切ってばかりなので、知らない人が見たら『何が森林保護なんだ』と思うかな」と冗談を飛ばした後、真顔になり「森林保護の手法は百人百様の考えがある。私たちは、まず汗を流して森づくりを体験し、そこから考えてと訴えたい」。

 サポータークラブは神泉村に拠点小屋を設け、希望者にチェーンソーの扱いなどを研修させている。「(作業依頼をする)国や行政は事故後の対策を考えればいいが、私たちは事故そのものをゼロにしなくちゃならない」と力を込めた。

 埼玉大学に拠点を設け、和名倉山(大滝村)の火災跡地への広葉樹植林で知られる「百年の森づくりの会」の会長・内藤勝久さん(63)もサポータークラブで山仕事を学んだ。会を「勤労奉仕の学生を含め、約五百人」になるまで成長させたが、当初はワンダーフォーゲル部のOB会活動。一九九六年に雲取山周辺のごみ拾いをしたことからスタートした。

 「日本中の山に登っているから、荒れていることは分かっていた。水をはぐくむ山に恩返ししたい、という気持ちは強かったが、何ができるか模索していた」と振り返る。翌年、サポータークラブに加入。並行して森づくりの会の活動領域を広げた。現場活動に加え、源流部の森林保全の輪を東京湾沿いの都県まで広げたい、と考えている。本業は保険代理店経営。「山の保全は災害防止にもつながるので、業界としても取り組めないかと呼び掛けています」という。

(1)河川保護団体と交流、国産材利用訴え
(2)間伐、下草刈りなどで森林育成支援
(3)和名倉山の植林中心に森林育成
(4)産直・里山保全・国産材利用訴え
(5)里山保全、自然保護団体と交流
(6)県産材の利用推進
(7)県産材の利用推進、(11)などと連携
(8)県産材の利用推進
(9)大滝村に森林保全基金
(10)サポータークラブに学生を送るなど
(11)玉川村と人材育成・地域振興の共同研究
(12)森林保全活動の受け入れ
(13)大滝村と共同長期ビジョン策定へ

■荒廃招いた輸入材の急増

 日本の森林の荒廃は、国有林増産や輸入材の急増で国産材価格が低迷し、後継者不足も加わって林業が停滞したことが原因。2002年度の国の「森林及び林業の動向に関する年次報告」によると、国産材の1立方メートル当たりの立木価格は1975年に杉2万2707円、ヒノキ4万2907円、松1万1162円でピークとなって以降、低迷の一途をたどり、2002年には、杉5332円、ヒノキ1万5571円、松3168円に。1955年に94.5%だった自給率は2001年に18.4%まで低下した。県森づくり課は外材依存一辺倒の構造は「地球環境面からも変える必要がある」と説明する。一つは熱帯林を中心とした世界の森林減少への歯止め。

 もう一つは1997年の地球温暖化防止京都会議で採択された「京都議定書」の存在を挙げる。議定書では先進国に二酸化炭素の排出量削減を義務づけ、日本は2008年から5年間の年平均排出量を1990年より6%減らさなければならない。

 削減目標のうち、森林の吸収量として3.9%分(1300万炭素トン)が算入された。ただし、それは「保全管理された森に限る」。保全管理の意味は「人の出入りを制限することなども含まれるが、経済林の場合は除伐や間伐をするなどの絶対管理になる」という。

 「森林再生は国際公約。やった方がいいではなく、やらなければならない段階に入っている」という。

投稿者: @sushi | 投稿日時: 2004年01月05日 21:47 | 他サイトからのリンク
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